断捨離への道

三関のさくらんぼ 断捨離できるかな

おはようございます。今日の秋田市予想最高気温27度、最低気温22度、くもり時々雨、降水確率80%。いちいち秋田の天気、知らなくていいよ、と思われるかもしれませんが、データとして積み上げてみるのも一興かと思います。夏休みの宿題的な雰囲気もありますが。

断捨離って、すごい言葉だと思いませんか?修行に近い強さを感じます。こういう単語を載せていると、ほとんど確実に、それっぽい広告表示されるのがさらにすごい。ニーズがあるんでしょうね。

わたしが実家に帰ってきたのは、父が亡くなり、母が一人暮らしになったことが大きな理由です。それまでは、東京笹塚住まいでネットワーク系ITベンチャーの「技術と関係ないすべての」担当をしていました。総務や人事、小さい会社でしたから経理のおじさんが月に数日やってくるので、その下の経理事務などなど。

久しぶりで帰った実家は、こども時代の我々三人姉妹弟の化石のような持ち物、教科書やら児童文学全集やら、可愛かった弟の幼児服やらに加え、手のつけられない亡くなった父の持ち物であふれていました。その後、弟は、42歳で妻と一人息子を遺して急死してしまい、弟の結婚前の遺物も捨てるに忍びない状態です。

その地層の一番上に、東京で暮らしていた時の一財産をふわっとわたしが載せていて、いつ崩れるかわからない危機的状態であります。
なんとかしたい。断捨離したい。すっきりしたい。いつも思わずにいられません。
母に気付かれないように、そっと、父や弟の遺物を少しずつ捨てているのですが、先は遠いです。

さらに、母は、買い物を続けます。さくらんぼの載った小さな緑の器。
これは、五城目町というところにあるセカンドハンドショップ(古物店)の新古品かと思います。二個で110円。買っちゃいますよねえ。

ひとつ買ったら、ひとつ捨てる。

これを実行できたら、プラスマイナスゼロなはず。思い切ってもうちょっと処分してもいいはず。なんならわたしが選びましょうか?

と出張る前に、自分も、やらなくては、です。

遠い向こうに、キラキラした「ミニマリスト」の国が見えています。
あまりに道のりが遠いので、まず今日も段ボールをたたんで、空いたペットボトル持って、近所のイオンの回収ボックスへ行ってきます。時給考えたら、さっさとゴミの日に出せばいいということは承知しています。仕事を辞めて歩かなくなった自分のいわゆるウォーキング、イオンの商品展開のチェック、蒸し暑い日中の避暑がてらです。

以前、荒天時のウォーキングについて、クルマでショッピングモールへ行って二階、三階とウィンドウショッピングしているといつの間にか歩数がはかどっている、というエピソードを聞いてから、何も外を歩くだけがウォーキングじゃないなと気付いたのでした。

わたしの父は、百貨店勤務でしたので、小さい時から「お店(父は職場をそう呼んでしました)」が大好きで、お店屋さんごっこをよくしていました。「せどり」っぽいことをしていたこともありますし、Amazonマーケットプレイスで読み終わった本を売ったり、ヤフオクも。

ただ、問題は、利ザヤを把握せず、おこづかいとして使い果たしていたんですね。そこで資産となるものを作れていたら、ねえ。ま、できていなかったから、今のわたしがいるってことですよね。

そんな、わたしがブログにアクセスしてくれるみなさんに、何かお伝えできているといいな、と思いますが、ぼちぼちよろしくです。

では、また明日!
日曜日もお仕事のみなさん、お疲れ様です!

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