ぶらりドライブ:40周年の秋田空港(AXT)へ

秋田空港送迎デッキから ぶらりドライブ

おはようございます。わたしの中で夏は終わりました。秋田市予想最高気温29度、最低気温17度。晴れのち雨で降水確率は80%。日中は晴れていそうです。

昨日、旅行の投稿をしてから空港が気になってぶらっとドライブしてきました。

秋田空港、40周年

秋田市雄和に秋田空港ができて40周年というのを、空港に着いて知りました。

秋田空港エントランス
秋田空港エントランス

40年前は、秋田市新屋という日本海に面した場所にありました。そうです。モロに季節風の影響を受けて欠航が多く、滑走路の関係でプロペラ機でしたのでさらに欠航率が高かったです。

当時は、全日空と東亜国内航空(今は日本航空になった)が東京便と名古屋便、札幌便を飛ばしていました。わたしは一度YS-11で東京に行ったことがありましたが、ジェットコースター並みにアップダウンするプロペラ機の洗礼を受け見事に気持ち悪くなってしまい、それ以降飛行機で上京するのは避けていました。

秋田市雄和は、丘陵地帯にあり広く滑走路もでき、国際線も一時定期運航していました。

大韓航空が飛んでいたのでしたが、2011年の東日本大震災の時はここが東北に住んでいて韓国に帰る人たちの大事な空港になっていました。

残念ながら今は定期運航はなくなりました。ごくまれにコロナ前は直行便のツアーなどが企画されていたと思います。

ミニ・ギャラリー「池田修三の軌跡」

秋田空港で今展示されているコーナー「池田修三の軌跡」を観てきました。

池田修三の軌跡
木版画家 池田修三の軌跡

エスカレーターを上がったところに展開しているミニ・ギャラリーは「池田修三の軌跡」というちょっと懐かしくウエットな作風の木版画の展示でした。

代表的な作品と、作家本人の紹介などコンパクトにまとまっています。

池田修三さんは、秋田県で生まれ育った版画家ですが作品がとても身近で一定年齢以上の層には「あ、見たことある」と親しみを持たれています。そのまま郷土の作家として、埋もれて?いたのですがここ数年見直しのように取り上げられて、空港内の装飾に使われたり市内の美術館でおおがかりな展示会が開かれたりしています。

池田修三作品とわたし

わたしが子どもの頃、池田修三さんの作品は当時あった「秋田相互銀行」のキャラクターとして通帳やカレンダーに使われていました。今考えると、キャラクターを固定して使い続けイメージをつけるというのは、なかなか早かったんじゃないかと思います。

ただ、見た印象が高度成長期に育ったわたしには「ちょっと悲しくて、陰気」に映っていました。

だんだん、このテイストがしっくりくるというか、側にいてもホッとする感じに変わってきているのは大きな波に翻弄されてからの時代になってきたからなのかと思ったりしています。

秋田市内で展示会があった時、ちょうど結婚した甥っ子に小さな版画をお祝いにプレゼントしました。池田修三さんの作品は、地元でもよくお祝いに使われていたそうです。お手頃な値段設定だったのがよかったのでしょう。木版画はあまりたくさん刷ることはありませんし、刷るテクニックも必要なので、本当はお値段以上だったと思います。

送迎デッキに出てみると

確か、送迎デッキに出られるはずだなあと階段で三階へ。久しぶりで階段を三階まで登りました。運動不足だ。

人工芝を敷いたフロアとベンチが並ぶ送迎デッキは、子ども連れの家族がいて遊具で遊んでいました。

わたし以外にも「空港好き」は、いるのだ。しばらくすると、もうひと家族。親御さんと息子さんという組み合わせ。密を避けるためなのでしょうか?

欠航が多くて、全然飛行機は滑走路にいません。なんというのんきな風景。航空会社も大変だろうなと想像がつきます。お土産も動いていないみたいです。開いている飲食店も少なくて、とりあえず休憩でお茶をしてきました。

秋田の友人には、全日空の株を保有している人が結構いて「株主優待券」の話で盛り上がったりしていました。秋田市は県庁所在地にしては、日本海側に面しているためいわゆるJRの「幹線:本線」から離れたところに位置しています。全日空の航路にずいぶん助けられてきていたと思います。

わたしも一時全日空の株を持っていて、今もポートフォリオでチェックしています。買いやすい株価になっているものの今後を考えるともう少しいい材料が出てから動きたいと思っています。

空港までドライブして、結局全日空の株価に終わるそういうお話でした。

では、また明日!

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